「安倍謝罪するまで死ねない」最後の西洋人慰安婦
英国の時事週刊誌エコノミストのお悔やみ欄が手がけたのはオランダ系オーストラリア人のジャン・ラフ・オハーンさん(1923~2019)だ。日本軍に拉致され、インドネシアで3カ月間「慰安婦」として強制収容されていた女性だ。これまで、知られている欧州系慰安婦被害者の唯一の生存者だった。
オハーンさんは生前「日本の安倍晋三首相の謝罪を受けるまでは絶対に死にたくない」と話したが、その願いは叶わなかった。オハーンさんは先月19日、オーストラリア・アデレードの自宅で96歳で老衰により息を引き取った。
過去を隠し、平凡な主婦であり2人の娘の母親として暮らしていたオハーンさんは、1991年に故金学順さんが最初に慰安婦の事実を公開し証言したのを偶然目にしてから勇気を出した。翌年オーストラリアのメディアに自分の被害事実を知らせ、その後米国・欧州・日本などで証言活動を行った。
エコノミストは「泣き叫び悲鳴を上げて抵抗するオハーンに日本軍はナイフを突きつけて服を裂き、×姦した」と伝えた。オハーンさんは後に自ら剃髪したが、日本軍がそんな自分のところに来ないだろうと考えたからだったという。
スマラン慰安所での歳月は、オハーンさんに一生の傷を残した。慰安所の部屋ごとに花の名前がついていたことからオハーンさんは生涯、花のプレゼントを最も嫌い、暗くなる頃になると不安がる症状を見せた。すべての部屋で厚手のカーテンを閉め、完全に昼夜の区別ができないようにしたほどだった。
戦争は日本の敗北に終わり、オハーンさんも自由の身となった。60年にイギリス人将校のトム・ラフさんと結婚し、オーストラリアに移った。スマランでの悪夢は夫にだけ一度話し、その後は秘密にしたという。最初は子供も産まないつもりだったが、夫に慰められ心を癒しながら家族も設けた・・・。
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